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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2870号 判決 1976年10月29日

控訴人(当審反訴原告)

(以下控訴人という)

原島俊子(仮名)

右訴訟代理人

上村真司

被控訴人(当審反訴被告)

(以下被控訴人という)

横井正志(仮名)

右訴訟代理人

橋本文彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人と被控訴人とを離婚する。

控訴人と被控訴人間の長女光子(昭和三九年五月三〇日生)、二女孝子(昭和四一年三月一六日生)、長男覚(昭和四四年一二月五日生)の親権者を控訴人と定める。

控訴人の当審におけるその余の反訴請求を棄却する。

控訴費用は本訴、反訴ともこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、(当審における新たな反訴として)「控訴人と被控訴人とを離婚する。控訴人と被控訴人間の長女光子(昭和三九年五月三〇日生)、二女孝子(昭和四一年三月一六日生)、長男覚(昭和四四年一二月五日生)の親権者を控訴人と定める。被控訴人は控訴人に対し二〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年一二月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴人の当審における反訴請求を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり付加する外は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。<以下省略>

理由

一<証拠>によると、控訴人と被控訴人は昭和三六年一〇月河上正義の媒酌により結婚式を挙げ、同月一〇日婚姻の届出をした夫婦であり、その間に昭和三九年五月三〇日長女光子、同四一年三月一六日二女孝子、同四四年一二月五日長男覚が出生したこと、及び昭和四八年四月一八日付で横浜市鶴見区長に対し、控訴人と被控訴人の協議離婚の届出がなされていることが認められる。

ところで当裁判所は、右協議離婚の届出は、控訴人に無断でなしたものであつて、右協議離婚は無効であると判断するものであり、その理由の詳細は原判決の理由と同一であるからこれを引用する。

二そこで控訴人の離婚請求の当否につき考察する。

<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると、被控訴人は昭和三五年二月二四日西沢ゆき子と結婚し、約半年間同棲したが、ゆき子は法事のためと称してその実家に帰つたまま再び戻らなかつたので、被控訴人は同三六年一月二七日ゆき子と協議離婚したこと、ゆき子が被控訴人と離婚したのは、被控訴人に暴行と酒乱の性癖があつて、ゆき子がそれに耐えられなかつたためであること、控訴人らは結婚当初控訴人の実家に同居し、比較的円満な生活を続けていたが、被控訴人は次第に酒に親しみ控訴人に対し暴行や傷害を加えるようになつて、両者の間は和合を欠くようになつたこと、被控訴人は昭和四七年三月六日自律神経失調症のため、横浜市立○○病院に入院したが、医師から治癒退院を勧告されながら、容易に退院して働こうとせず、同四八年四月一日になつて漸く退院したこと、控訴人は被控訴人の右のような勤労意欲に欠け、夫としての責任感のない態度にあいそをつかし、被控訴人と夫婦であることに耐えられないとして、離婚を決意するにいたつたこと、同年一月ころ控訴人は被控訴人を病院に訪ね、離婚を申入れ、次いで同年二月五日右病院から外出中の被控訴人に対し、無理矢理に控訴人から一四〇万円を受領することを条件に、控訴人との離婚に同意する旨の離婚同意書を書かせたこと(詳細は原判決のとおり)、控訴人は右同意書は被控訴人が納得し作成したものと考え、約定の一四〇万円を用意し被控訴人に渡そうとしたが、被控訴人は金員の増額を要求し、離婚届の作成提出に応じなかつたこと、そこで控訴人は同四八年四月一八日司法書士に依頼して被控訴人に関する部分を記入し、被控訴人との離婚届(甲第三号証)を作成して、これを横浜市鶴見区長に提出したこと、被控訴人は同年三月一日離婚話に関連し控訴人を殴打し、治療二週間を要する傷害を与えた外、飲酒の上控訴人及びその母親や妹にも暴行を加えたことがあつたこと、控訴人は同四八年五月以降原島一郎と同棲して同四九年七月一五日同人と婚姻し同人との間に同四九年一〇月二〇日一児をもうけ現在にいたつていること、控訴人は同四七年夏ころ救急病院に入院中偶々知合つた山本銀次や、当時の勤務先の知合である金持昇と交際を継続していたことはあるけれども、肉体関係を結ぶまでにはいたらなかつたこと、以上の事実が認められ、前掲証拠中右認定と異なる部分は措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三右認定事実によると、控訴人は被控訴人との十年余にわたる婚姻生活の果てに、同人に対する愛情を喪失して、離婚を決意し、昭和四八年二月五日被控訴人から離婚同意書を徴した段階において、既に両者の婚姻は破綻していたものであるが、控訴人は同年五月原島一郎と同棲し、その間に同四九年一〇月二〇日一児を出生するにいたつて、右婚姻は回復することの不可能なまでに完全に破綻したことが明らかである。そして右事実は民法第七七〇条七一項第五号にいう婚姻を継続し難い重大なる事由に該当するものということができる(控訴人の原島一郎との同棲は、被控訴人との婚姻が破綻した後のものであるから、このことがあつても控訴人の離婚請求を妨げない)。

四前掲証拠及び弁論の全趣旨によると、控訴人ら間の長女光子、二女孝子及び長男覚は、現在控訴人が養育し平穏な生活を営んでいることが認められるところ、仮に被控訴人が引取つて養育するとすれば、三人の子供を男手一つで養育することは到底期待できないから、その姉の斉藤美智子に委託するなどして養育する外方法がないことなどを考慮すると、右三名の子供は現状通り控訴人において養育することが、その福祉に合致するものと認められる。従つてその親権者は控訴人と定めるのが相当である。

五進んで慰藉料の請求につき検討する。

第二項認定の事実によれば、控訴人らの婚姻が破綻するにいたつたについては、被控訴人に対する愛情を喪失して離婚を決意し、同人に無理矢理離婚同意書を書かせるなどした控訴人にも、その原因の一半があることは否定できないが、控訴人をして右のような行動をとらせるにいたつたそもそも発端は、被控訴人の暴行及び酒乱の性癖と勤労意欲の欠乏にあるものといわざるをえない。

そうすると、被控訴人は離婚の結果を招来したことについて、控訴人に対しその精神的苦痛を慰藉すべき義務のあることはいうまでもないけれども、控訴人にも離婚の結果を招来したにつきその責任の一半があることと、控訴人は自ら金員を支払つてでも被控訴人との離婚を望んでいることを考慮すると、控訴人の右精神的苦痛は、離婚が認容されることにより十分慰藉されるものと認められる。従つて当裁判所はあえて被控訴人に対し、慰藉料の支払を命じないこととする。

六されば本件協議離婚は無効であり、一方控訴人の当審での離婚請求は理由があるが、被控訴人に慰藉料支払義務のないことが明らかである。よつて控訴人の本件控訴を棄却し、同人の当審における離婚請求を認容し、子の親権者を控訴人と定めその余の反訴請求を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(渡辺一雄 田畑常彦 丹野益男)

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